第1章 / 第1節 定義 Definition

数々の自動車模型の中で、広義の「ミニカー」(ミニチュア・カー)という分類に対し、精巧な完成度を持つ “大人の美術工芸品” を特別に「モデルカー」と尊称します。学会が存在しないため学術的根拠は欠きますが、『モデルカー学』における論理的必然性によって帰結した定義を本節にて解説します。


Artwork   Ferrari 412P David Piper 1968

作品紹介 フェラーリ 412P デイヴィッド・パイパー 1968年

1/43 Ferrari 412P David Piper 1968  フェラーリ 412P デイヴィッド・パイパー 1968年

Description
This 1/43 Ferrari 412P is the one-off factory built street version model by Marsh Models UK according to my special request. Base kit is the racing car of 1000km Monthlery 1968 driven by David Piper that has an aggressive styling with special modification of wider rear fender and transparency of the engine. Name of 412P was originally called 330P3/4 that stands for cars of 330P4 body mounting 330P3 engine and supplied to private racing teams.

 

作品解説
このフェラーリ412Pは、私がマーシュモデル(イギリス)に特注したワンオフ・ファクトリービルトの1/43レジン製モデルで、レーサーのデイヴィッド・パイパーが1968年にモントレー1000km耐久レースに出走した車体のロードバージョンです。実車は標準的な330P3や412Pに比べ、大きく張り出したリア・フェンダーやガラス越しに覗けるエンジンなど、豪快な改造が施された特別車となっています。ちなみに元の412P(初期の名は330P3/4)は、330P3のエンジンをP4の車体に搭載し、プライベーターのレーシング・チームに向けて供給された車種です。他にも複数の特別仕様車を世界モデルカー博物館に展示してあります。



鑑賞用の美術工芸品


モデルカーの意味

ミニカーとは

実車ではイセッタやメッサーシュミットなど、バブルカーとも呼ばれる小型自動車をミニカーと呼ぶことがあります。一般的にはミニチュア・カー(ミニチュア・ビークル,ミニチュア・オートモービル等)の略称で、実車を縮小再現した自動車模型を指します。その対象範囲は広く、目的・用途・大きさ・材質・品質等は様々です。しかし、小型であっても、模型としての趣旨を持たないラジコン・カーやスロット・カー、道具として実用に供する子供向け乗用玩具などは、ミニカーという分野に含まないのが慣例です。

モデルカーとは

ミニカーは、リアル・カー(実車)に対するミニチュア・カー(自動車模型)という分野の呼称ですが、実態はほとんどが子供向け玩具(トイ)でした。その一方で、大人の美的感性に訴える高い造形力のミニカーが1990年代頃から普及します。“大人のコレクター達”という新しい市場に向けた新しい産業の勃興です。元の実車の持つ魅力をできる限り正確に縮小再現し、模型としての美や精巧度が追究されていきました。

 

そうして確立された領域がスケール・モデル・カー(自動車の精巧な縮尺模型)、略してモデルカーです。子供の玩具であるミニカーに対し、鑑賞用の大人の美術工芸品と位置付けることができます。ただし、縮尺・材質・形態などは様々あり、コレクターの需要やクリエイター(モデルカー・メーカー)の技術革新などによって、次々と変化・進展を続けています。

モデルカーの解釈

モデルカーは精巧であるほど実車の “偽物” だと揶揄されることがあります。もちろん実車あっての模型ですが、自動車が移動する「道具(工業製品)」なのに対し、モデルカーは感性を高める「鑑賞品(美術工芸品)」であり、両者は全く異なる本質を以て独立した形で存在しています。芸術家の描く風景画を、誰も自然の偽物とは呼びませんよね。

 

重要なのは、モデルカーの何が鑑賞に値するのかです。自動車は3世紀にまたがって発展する最高の工業製品の一つです。1台1台にブランドの伝統、開発者の情熱、技術者の創意工夫、デザインの新機軸、最新の科学技術など、その時代のエンジニアリングの粋が込められています。

 

それを1/43で全長わずか10cm、掌サイズの造形物として象徴的に凝縮した 『3D情報』 がモデルカーです。直視できる形状表現の美しさを鑑賞するのはもちろん、眼前の存在が語りかける実車の物語に耳を澄ます醍醐味がそこにあります。

 

当サイトではモデルカーを写真で紹介していますが、3D情報としての鑑賞方法は現物を直接ご覧になるに限ります。絵画などの美術品と同じです。是非とも世界モデルカー博物館で、“本物” のモデルカーを堪能して下さい。

  Mini Car / ミニカー Model Car / モデルカー
Full Name / 正式名称 Miniature Car / 自動車模型 Scale Model Car / 精巧な縮尺自動車模型
Position / 位置づけ Toys for Children / 子供の玩具 Crafted Fine Arts / 大人の美術工芸品
Expression / 表現 Toy Gimmick / 玩具の仕掛け Real Engineering / 実車のエンジニアリング
Purpose / 目的 Play with / 触って遊び倒す Appreciation / 触らず見て鑑賞
Origin / 発祥時期 Since 1910s / 1910年代以降 Later than 1980s / 1980年代以降

ミニカーの私的解釈

私が小学低学年のころ、叔父がよくプラモデルやミニカーを買ってくれていました。初TVドラマ時代のバットマンカーや、今思えば1970年発表のマツダRX-500などもありました。

 

ミニカーに限らず、キャラクター物のプラモや玩具にも言えるのですが、当時から私は「大人達は子供を馬鹿にしている」と感じていました。何故なら “子供用” という理由で意図的に造形の手を抜いていたからです。少なくとも私にはそう思えました。「子供だから認知力が低い」「この程度で大丈夫」と決めつけていたのでしょう。形状への美意識や感性は、大人も子供も関係ありません。

 

商品としての価格は、構成・材質・工程などから生じる問題であって、造形の完成度に直接影響はありません。形状再現は原型師の塩梅一つです。当時の私、10歳に満たない児童から、再現度の低さを指摘される大人の造形物が “Toy(玩具)品質” です。1970年代後半のスーパーカーブームで誕生した一連の国産ミニカーも、遊び倒す玩具としては十分魅力的でしたが、観賞する自動車模型としては決して満足できる品質ではありませんでした。

 

時間を操作し、もし私が2015年現在で10歳だとしても、迷わずレジン製の精密モデルカーを選ぶことでしょう。もちろん、金額の関係で1台購入するまでに数年かかるかもしれませんが。

モデルカーの品質基準

モデルカーをミニカーから区別する限り、相応の基準がなければなりません。しかし、品質は数値化できないため、判定は主観に頼らざるを得ず、境界線はグレーゾーンのままです。従って、下記に挙げる5項目は、基準というよりモデルカーの品質を確認する5つの着眼点だとお考えください。

1.縮尺の精度

まず、縮尺(スケール)の正確さが重要です。時々ガレージキットなどでノン・スケールという代物がありますが論外です。正確な統一スケールは、コレクション充実の必須要件です。

2.全体の形状

モデルカーの造形で最も大切なのは、全体のフォルムです。形状が違えば、全く別物になってしまいます。実車の特徴(魅力)が十分再現(反映)されていなければなりません。

3.塗装の品質

モデルカーの品格は塗装の美しさにかかっていると言っても過言ではありません。複雑な造形や細い筋彫りを潰さず、均一で滑らかな表面と美しい光沢(艶消しは例外)が塗装に求められます。

4.各部の造形

全体のフォルムが良い上で、筋彫り、ヘッドライト、ウィンドゥ、ワイパー、サイドミラー、ホイールなど、各部の細かいパーツまで手を抜かず作り込んでいることが求められます。

5.組立の品質

フォルム、塗装、部品が完璧でも、取り付けたパーツの歪みや隙間、接着剤のはみ出しなどがあれば台無しです。画竜点睛を欠きます。モデルカーとして統合する組立に高い完成度が求められます。




〔学院長の補足メモ〕

 皆さんに誤解して頂きたくないのは、私は決して「Toyミニカー」を蔑んでいる訳ではありません。日本国内ではトミカという国民的ブランドが圧倒的な支持を得ており、その巨人に対し、欧州製ミニカーから大きく発展を遂げた「精密モデルカー」という新興勢力の存在を、如何にすれば皆さんに知って頂けるか、心を砕き方策を練っているに過ぎません。両者共に魅力があり、両者共にコレクターズ・アイテムであることは同じです。

 

かつてローティーンだったささやかなミニカー・コレクターは、十数年の時を経て欧州で出会った精密モデルカーに大きな衝撃を受けました。あらゆる観点で異なる両者の本質の違いを、如何にすれば “情報化” できるか、“情報化” しなければ魅力は伝えられません。その第一歩が、“特定の本質に特定の名称を一対一対応で紐づけること”、逆方向に言うと “名称を定義づけること” です。「情報企画」のイロハのイです。

 

だから、第1章・第1節に定義を持ってきました。『モデルカー学』の1丁目1番地ってやつです。何かと比較対照できるのなら、両者の差異を明らかにすることで、対象物の本質に分かり易く迫っていくことができます。白羽の矢が当たった比較対象物が「Toyミニカー」だとお考え下さい。

2020年3月某日