スーパーカーに秘められた物語を深く掘り下げるほど、ますます各モデルへの愛おしさが増し、あらゆる特徴を掌の上で鑑賞したくなります。そこで頼りになるのが、1/43モデルカーとしての精巧な造形です。
しかし、ただ細かければいい、ただ部品数が多ければいいという訳ではありません。「精巧さ」には目的があります。対象とする車の「魅力」を縮小再現することです。そのための手段が「リアリティ」です。クリエイター達の優れた「感性」と高度な「技術」によって、わずか10cmの造形物に「生命」が吹き込まれた時、美術工芸品としての「1/43精密モデルカー」が誕生します。
第4節では、ランボルギーニ・イオタSVRとマクラーレンF1の2台のフル開閉モデルを例にとり、モデルカーにおけるリアリティ表現の可能性について考察します。
Artwork McLaren F1 GT 1997
作品紹介 マクラーレン F1 GT 1997年
Description
McLaren F1 GTR dominated GT championships of 1995 series. Many competitors wished to beat McLaren and newly developed pure racing cars such as Porsche GT1 in 1996. McLaren upgraded F1 GTR for 96
version still remaining high competitiveness but lost Le Mans at 4th place. Thus agreed to change the policy of racing version of road car, Gordon Murray re-developed a new racing McLaren F1
GTR'97 Long Tail in 1997 that was built 10 units and its road going version was built 3 units for homologation. The model car created by Davis & Giovanni shows the road version McLaren F1 GT.
Le Man 97 resulted 2nd place and further development of McLaren F1 itself finished since BMW would cease F1's engine supply as contracted. F1 GTR'97 raced at Le Mans 98 again and still got 4th
place.
作品解説
1995年のGTレースカー・マクラーレンF1 GTRは、ル・マンを含め数々のGTレースで大活躍しました。その勢いを止めるべく、翌96年にはポルシェがレース専用に新規開発したGT1などを送り込んできます。マクラーレンは96年仕様のF1 GTRで応戦しますが、ル・マンでは総合4位に甘んじる結果となりました。王座奪還に燃えるマクラーレンは、ロードカーのレース仕様で戦う方針を転換し、翌97年にはレースカーとして新設計したF1 GTR’
97ロングテールを投入します。空力特性の向上を目指し、前後のオーバーハングを延長したボディが特徴です。レースカーを新規に10台製作すると共に、ホモロゲーション(公認)用のロードカーを3台製作しました。それが写真のモデルカー(D&G製)マクラーレンF1
GTです。レース車両と外観上の大きな違いはリアウィングの有無くらいです。97年はル・マンで総合2位に順位を上げますが、BMWからのエンジン供給契約の終了を受け、マクラーレンF1自体の開発と生産が終了します。98年には前年型マシンで出走したチームが総合4位の成績を収めました。
エンジニアリングの縮小再現
マルチェロ・ガンディーニのデザインしたミウラを基に、ボブ・ウォレスがワンオフ製作したレース仕様車がイオタ(オリジナルJ) です。Jが全損事故で失われた後、複数のレプリカが製作されました。
イオタSVR(シャーシNo.3781)もその中の1台で、前輪ホイール・アーチまで伸びたチン・スポイラー、大きく張り出したリア・フェンダー、ルーフ・スポイラーやBBSホイールなど、他のイオタ・レプリカと異なる外観上の特徴を持っています。
モデルカーでは、ミウラが本来持つスタイリングの美しさはもちろん、SVR特有の造形が再現されなくてはなりません。スーパーカーにおいて、エクステリアは決してファッション(装飾)ではなく、全てファンクション(機能)なのです。実車の魅力を1/43に縮小再現するには、高度なエンジニアリングをエクステリア上で表現することが求められます。
第一の着眼点は、エクステリアと内部機構とを結びつける、エア吸入口や排出口です。高い運動性能を維持するには、エンジンやブレーキの排熱・冷却が効率良く行われなければなりません。その開口部をどう処理するかで、高性能マシンとしてのリアリティが大きく変わってきます。
材質に関わらず、プロポーション・モデルの多くはボディ・シェルが単一の部品として造形されるため、開口部は表面だけを凹ませ、影として黒い塗装を施します。90年代初頭の作品では、ミウラやストラトスのリア・ウィンドウ・ルーパーも凹表現が主流でした。モデルカーとは言え、後方視界が完全に遮られる訳です。後の作品では、ルーパーを1枚1枚独立させ、後ろからルームミラーが覗ける仕様が主流になりました。
このように、外から内部が覗けるとリアリティが著しく高まります。しかし、見える対象、つまりエンジンなど内部機構の追加が必要です。逆にいえば、内部機構をきちんと造形しておけば、あらゆるエア吸入口や排出口を本当に貫通した開口部として加工できるのです。「せっかく内部を作り込むのだから、いっそ開いて見せてしまおう」、それがフル開閉モデル誕生の必然性です。
第二の着眼点は、パーティング・ラインです。プロポーションモデルでは、開口部と同じ凹表現、つまりボディ・シェルへの筋彫りによって、可動部のパーティング・ラインを表現します。一部のハンド・ビルト・モデルで、筋に墨入れした作品がありますが、ガンダムなどロボット模型では効果的でも、モデルカーではタブーです。上質なレジン製ファクトリー・ビルト・モデルでは、塗膜厚を想定した深い筋彫で影を演出しています。
そもそもパーティング・ラインは、開閉する異なる部位が合わさって創り出される境界線です。つまり、モデルカーにおいてもフル開閉モデルであれば、可動部のパーティング・ラインは実車と同じ原理で表現されます。そのため、精巧なフル開閉モデルは、わずか10cm程の1/43であっても、写真撮影の手法によっては1/1の実車と見間違う程、リアリティの高い作品となります。
ただ、どんな車種でもフル開閉にすればリアリティが増すのかというと、必ずしもそうではありません。開閉機構の構成によって、効果に違いがあります。最も効果的なのは、ランボルギーニ・イオタやミウラ、フェラーリF40、ランチア・ストラトスなど、前後カウルが丸ごと開閉する機構の車輌です。
写真の1/43フル開閉イオタSVRは、完成度の高さで知られるフロンティアート社のレジン製完成品です。イオタ特有のリベットを凸表現している作品は、本作とスタイル43のキットのみです(2015年時点)。写真では2種の台座がありますが、模型本体は全く同じで、シリアル番号入りは一般流通品、もう一方は「祝・世界モデルカー博物館」と刻まれた開館祝いの特別仕様品です。2台とも展示しています。
ゴードン・マレーが目指した究極のエンジニアリングと、ピーター・スティーブンスの美しいスタイリングが融合した20世紀最高のスーパースポーツ、それがマクラーレンF1です。1/43フル開閉モデルは、ダイカスト製がオートアート、レジン製がオープン43(写真)によって作品化されています。
プロポーション・モデルのスタイリングだけでも十分魅力的ですが、マクラーレンF1ならではのパッケージングを表現するにはフル開閉モデルによる再現が最も効果的です。同車は前後カウルが全開閉する構造ではありませんが、開閉によって独自のエンジニアリングを確認することができるからです。
開いて初めてバタフライ・ドアであることが分かるし、特徴的な3座センター・ステアリング方式のシート・レイアウトも良く確認できます。さらに、ボディ側面のアクセントとなっている前輪後部からのエア排出の仕組みも、明らかになります。トランクの工夫も、自分で開いて実感することができます。
エンジン・フードの開閉によって、ルーフ上のエア吸入口とエンジンの関係、金箔の遮熱材や排熱の仕組み、減速時の可変スポイラーの機構なども理解できます。さらに、ミッドシップ・スーパーカーによく設けられるボディ後面の排熱口も実際に開口され、内部機構を覗き見ることができます。正に至高のエンジニアリングを、掌の上で堪能できるのです。
フル開閉に最も適すのは、内部機構が露出し易い、つまり前後カウルが丸ごと開閉、又はレーシングカーのように脱着できる車種です。次に適すのはバタフライ・ドア、シザー・ドア、ガルウィング・ドアなど、ギミックとして開閉機構に面白みのある車種です。逆に、一般的なV8フェラーリなどは、開閉機構を組み込んでも、労力とコストの無駄遣いでしかありません。つまり、フル開閉のモデルカーには、何よりも車種選定が重要ということです。
Total Score | Front Part 車体前部 | Doors ドア | Rear Part 車体後部 |
A Category 3ポイント |
Full Cowl Open: 1P フル・カウル・オープン |
Gullwing Open: 1P ガルウィング・オープン |
Full Cowl Open: 1P フル・カウル・オープン |
Examples: Alfa Romeo Tipo 33/2 Stradale, Lola T70 Coupe, Chevron B16 該当例: アルファ・ロメオ・ティーポ33/2ストラダーレ、ローラT70クーペ、シェブロンB16 |
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B Category 2.5ポイント |
Full Cowl Open: 1P フル・カウル・オープン |
Normal Open: 0.5P ノーマル・オープン |
Full Cowl Open: 1P フル・カウル・オープン |
Examples: Lamborghini Jota, Lancia Stratos, Porsche GT1 Street, Ferrari F40 該当例: ランボルギーニ・イオタ、ランチア・ストラトス、ポルシェGT1ストリート、フェラーリF40 |
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C Category 2ポイント |
Cover Open: 0.5P カバー・オープン |
Gullwing Open: 1P ガルウィング・オープン |
Cover Open: 0.5P カバー・オープン |
Examples: McLaren F1, Enzo Ferrari, Lamborghini Countach - Aventador 該当例: マクラーレンF1、エンツォ・フェラーリ、ランボルギーニ・カウンタック~アヴェンタドール |
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D Category 1.5ポイント |
Cover Open: 0.5P カバー・オープン |
Normal Open: 0.5P ノーマル・オープン |
Cover Open: 0.5P カバー・オープン |
Examples: Koenig Competition, Hamann Motorsports F512M 該当例: ケーニッヒ・コンペティション、ハーマン・モータースポーツF512M |
上の表は、私が勝手に作成した加点方式による車種選定の基準表です。こういう視点で実車デザインを見ていくと、モデルカーにおけるリアリティ追求の思考訓練になります。特にモデルカー・クリエイターの方々は、フル開閉モデル企画時の参考にしてほしいですね。
(ここでのガルウィングは、シザー・ドアやバタフライ・ドアも含みます。後部だけフル・カウル・オープンなどの例外もありますが、ここでは割愛しています。)